自分の力で自分の人生を切り開いて
2020/10/14
「流人道中記」を読み返して
「流人道中記」をやっと読み返すことが出来ました。
前回読み終えた時、ストーリーは面白いけど気になるところもあって、もう一度読んでみようと思ったのでした。
読み始め早々に、科(とが)人としての青山玄蕃の罪を決める場面があって、その場を主導していた町奉行は玄蕃の真意を理解しているように思いました。青山玄蕃は孤立無援ではなかったとする一方、流人としての話に持っていくプロローグでもありました。
改めて青山玄蕃の一途さに感動しました。自分を嵌めた相手を憎まず恨まず、武士道一千年の贄になるという。武士道が廃れたからこそ他人を嵌めるようなことをするのだと。
ここまで廃れたのは、武士として生きてきた自分にも責任があると。青山家は三河安城以来の徳川家家臣で、代々の将軍そば近くに仕えてきたからこそなのだ。
そんな高潔な潔い玄蕃も自分の子供にどう言葉を掛けるか悩んだとある。子供に残してやるものがないばかりか、これからの厳しい人生を課するハメになってしまった。
玄蕃自身も少年時代に極貧の町民生活からある日突然大身の旗本の若様として暮らすことになり、厳しいしつけや学問、剣術に耐えてきた。生きるためではあったが、図らずも自分の子供にも同じような苦労を背負わすことになって、どんなにか辛かっただろう。
その子供の未来の可能性として、武士に生まれながら手に職をつけて、髪結い床の職人として働く少年が登場する場面がある。
こんな風に力強く自分の力で自分の人生を切り開いて、生きていってほしいと作者は思ったのだろう。